小一の今は 俺 に
一人称の使い方にも孫の成長が良く表れています。
当初は自分の事を牙琥ちゃん・・・・・・・小一の今は俺 に・・・・・。
やがてわいになる?関西人ですから、そして僕・私を上手く使い分けるようになるんでしょう。
アチャコはわていうとらはりました。
そうそう身近に一人称を幼稚園生的にお使いになる方が居ます。
可愛い?・・・・・・まあそのような・・・・。
一人称の使い様?で喧嘩にも発展します。
私,高校生の頃親の影響もあり「僕」を使うのが、同級生に反感をかっていたようです。
「わしとか俺、言え言うとんジャ」と
駅のホームで取っ組み合い、刺客は1学年下の二年生でした。
余談ながらその刺客、今は県議会で古株です。
日本では対世間で物言いを使い分けなければ、上手く世渡り出来ません。
一人称だけ観てもまだ沢山ありますから、私小説的文学表現にピッタシです。
そこに霞が関文学も成り立っている?
一人称ひとつの英語圏等では表現は単純明快なんでしょうね。
だから公約は絶対?
国民にはどちらが幸せなんだろう。
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