ソフト テニス Feed

2019年9月15日 (日)

上松選手おめでとうございます

ソフトテニス全日本シニアの55歳ダブルスでは

上松明裕・橋本康徳選手が優勝でした。

おめでとうございます。

ちなみに

上松氏の父上とはテニス仲間で先輩になります。

86歳の父上も両股関節を人工に手術され、

見事にテニスを楽しむまでに復活された怪物です。

2019年8月 2日 (金)

お前が今のグランドに立ってから云え・・・

本当に37度になりましたね・・岡山・・

74歳の私が最若手と呼ばれる・・じり貧テニスクラブです。

それでも本日参加者10名・・・・

世間の眼を気にしない鈍感者ばかしであります。

ともすれば

何でもなくとも日常的に朦朧状態の我々ですから、

猛暑も不感症気味なんです。

でも流石に・・

「救急車を呼んだりしたら非国民・・村八分になるぞ」

「今日は午前中で終わろう」で

一致いたしました。

「張本・・・登板させるべきじゃったとか

・・お前が今のグランドに立ってから云え・・・」

広島ファンの80歳のNさんが毒づいてました。

2019年7月16日 (火)

若人

岡山では

今日久方ぶりに朝方から、

蝉が元気に鳴いています。

全英でジュニア優勝者が

望月選手だったことは

大きな出来事でしたね。

今後のご活躍を期待したいです。

https://twitter.com/tennis365/status/1150753496054083585?s=20

https://twitter.com/ShintaroMOCHIZU/status/1150573969751379968?s=20

2019年7月15日 (月)

これぞ決勝・・

全英オープン男子シングルス

決勝は大変なゲームでした。

フルセットで最終セットは12対12で

タイブレークという・・

3度のタイブレークを3回とも制したジョコビッチの優勝でした。


5時間近いのに観客の興奮は一時も醒めることなく、

研ぎ澄まされた集中力と

高度なプレイに魅了され続けましたね。


37歳のフェデラーが10歳の歳の差をものともしなかったのには、

日頃の鍛錬は如何ばかりかと敬意を覚えます。

素晴らしいものを魅せてもらいました。

2019年7月13日 (土)

堪能テニス

まさに生きている

レジェンド対決でしたね。

ナダル対フェデラーの

全英セミファイナルゲームは濃密でした。

シングルテニスのエッセンスに満たされ

堪能させていただけました。

我らの錦織と大坂が

いつかセンターコートで

テニスファンを

惹きつけるであろう時が待たれます。

2019年6月23日 (日)

今度こそ一人で行ったる・・

22日23日の

ソフトテニスの西日本シニア選手権の観戦に一泊で行ってきました。

素晴らしい試合を数多く観戦堪能いたしました。

それはそれで幸せであります。

かつて

毎年春には高校生を引率して15年間明日香に通いました。

それ以外で奈良観光が4回ほど、若干悔やまれるのは

20度近く近辺にありながらキトラも・・高松塚も・・飛鳥寺も・・

高取城址も・・・ナーンニモ観てないので御座います・・

一度10分間ほど石舞台を眺めたのみ・・・・

という体たらく・・・

今度こそ一人で行ったる・・・。

土産を買う時間はしっかり勘定しながら・・

古都を感傷する感性を置き忘れた連れ合いは、

高速道路を120~140キロ走行に集中しながらも

70代のご婦人がたの超人的な耐久レースの感激を

譫言のように繰り返しているのです・・。

2019年5月15日 (水)

よき協力者?

「元気な間にミックスの試合に出よう・・」

なんて 夫婦間に危険な合意が生まれまして、

去年から何度かエントリー致しました。

同年齢のご夫婦で、

上位に勝ち残るペアでは

いづれもご主人が独楽鼠の如く

コートの隅から隅まで走りまわります、

その姿には

感動すら覚えたので御座います。

私はまだまだ序の口じゃわいと自覚致しました。

男女ペア立候補を義務化したフランス県議会

さて

山本太郎氏にもよき協力者が現れますように・・


YouTube: れいわ新選組代表 山本太郎街頭演説 2019年5月13日 東京・明大前駅中央口前

2019年3月11日 (月)

苦しかったね・・

インディアン・ウエルズ2回戦、

錦織選手の試合フルセットでした。

随分と体の切れが悪いな・・・・

なんて観てたら・・・

なんだか太ってる????

違いない

お尻辺りがムッチリ・・・

美味いもん食いすぎ?

こりや先が心配ですね・・・。

2019年3月 4日 (月)

あれから30年?

私42歳頃ですから、

ラケットを初め握ったのが1987年頃でしたか?

無知は恐ろしい・・・・・

共に始めた初心者ペアで、

2年も経たないのに

一般男子の試合にエントリーしました。


パッキンなんて言葉も知りもしない。

確か2ポイント・・・

偶然のネットイン?と相手のミス1だけ・・

完全試合をされるところでした・・・

随分後に知りました・・・

相手は上松・大橋ペア

アジアチャンプだったのですよ。

あれから30数年です。


その隔たり・・

恐らく今でも変わらんでしょうな・・・

2019年2月 1日 (金)

彼女の自由な選択

下のメモは大坂選手についてのウキペデイアのものです。

彼女は今年の10月には22歳になるんだそうです。

それに伴い二重国籍問題に対処する必要が生じるんだとか・・・。

そのとき彼女が何処の国を選択するか

という興味も若干あります。

基本的には何処の国を選ぼうが、

彼女の自由な選択になる事が望ましいですね。

  • 2018年現在、法的には日米二重国籍であるが[3][4]、 日本テニス協会に所属している[9]
  • ハイチ系アメリカ人[13]と日本人の両親を持ち、アメリカ合衆国に移住したが、本人は日本、アメリカ、ハイチという3つの国を代表している事を誇りにしている[89]
  • 育った環境から日本語よりも英語の方が流暢であるが、テニスの記者会見等では英語で質問された後に自らの国籍の言語での質問も受けるのが通例であるため[90][91]、日本語の勉強もしている。
  • 父親の出身地、カリブ海の島国ハイチでも偉業をたたえる声が広がっている、中南米の最貧国とあってテニス選手の人口は少ないが、ゆかりのある大坂の活躍は地元メディアが連日大きく報じ、試合も生中継している[92