検閲下で想いを
父が生存中で元気だった頃ですから15年は前になるでしょう。
母と父が妹夫婦とともに指宿から、もちろん知覧へ。
開聞岳が遠望され、南海の戦場を偲ばせます。
遺書の前では皆もそうですが、父は傍目も憚らず涙をふき続けてたと、
聞かされました。
当時の徹底した検閲下では、遺書を受け取る側を慮り、
想う事は決してしたためる事は出来なかったはずです。
でもその筆跡は
その方の人格を現すようにいずれも品格に満ちみちているのです。
そして
実際に遺書を読み始めると、
限られた表現の奥に、行間にあふれる想いがあふれていることを知らされます。
涙を禁じてよく観ようと決心していたにも関わらず、
父同様私もハンカチを話す事ができなかったのでした。
修学旅行で訪れてる少年少女達は、何を想っているのでしょう?
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