わきまえ過ぎ
1880年、といえば135年前ということになります。
『ニューヨーク・タイムズ』紙のジョン・スウィントン記者が、ニューヨークプレスクラブのパーティにおいて「報道の自由」に乾杯がなされたことに対して行ったスピーチです。
これは浮かれているパーティの参加者に冷水をぶっかけるようなスピーチです。
陛下の園遊会などでもしこのような発言がなされれば、
日本ならたちまち逮捕でしょか?
あまりにも場所柄をわきまえ過ぎ、
言いたいことも控える日本人には全く想いもよらないことでしょう。
135年も前の報道の状況から、
代り映えもなく
今又、
地球上の多方面で極右勢力が存在感を示すなか、
最近の山本太郎氏の質疑に喝采を送っている私です。
我々は知性の売春婦なのです
~ジョン・スウィントンの名言~
「世界史上、今日のアメリカに報道の自由などというものはありません。
それはあなたがたもわたしも知っていることです。
あえて率直な意見を書こうとする記者は1人もいないし、たとえ書いたとしても絶対に印刷されることがないことは初めからわかっています。
わたしが勤め先の新聞社から給料をもらえるのは、正直な意見を書かないからこそであります。
ここにいるみなさんも、同じことをして同じように給料をもらっているのです。
よしんばわたしの率直な意見が新聞に掲載を許されることがあったとしても、わたしはその日のうちに職を失うでしょう。
記者の仕事とは、真実を壊し、公然と嘘をつき、真実を歪曲し、人を中傷し、富の邪神にへつらい、国と同胞を売って、日々の糧を得るものであります。
あなたがたもわたしも、それを承知している。
とすれば、報道の自由に乾杯するとは、なんとばかげたことでありましょうか?
われわれは、舞台の陰にひそむ金持ち連中の道具であり召使いなのです。
われわれは操り人形であり、彼らが糸を引けば、それに合わせて踊るだけです。
才能も可能性も人生も、すべては他人の手の内にあります。
われわれは、知性をひさぐ娼婦なのです。」
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